7月 14, 2026

ダイヤモンドの"センター"って、どこのこと?| 煌めきの研究所 Vol.19

エースマーク(株)Ace-Markによる

ダイヤモンド業界で交わされる「センター」というワード。実はこの言葉が指す都市は、時代とともに何度も移り変わってきました。今どこが「センター」と呼ばれているか、業界の勢力図の変化を辿ってみましょう。

かつての「5大都市」時代(1970〜80年代)

1970年代から1980年代にかけて、「センター」という言葉が意味していたのは、ベルギーのアントワープ、アメリカのニューヨーク、イスラエルのテルアビブ、インドのムンバイ、そしてイギリスのロンドンでした。

役割分担もはっきりしていました。世界のダイヤモンド原石の大半を扱うデビアス社を擁するロンドンが「原石センター」。そしてアントワープ、ニューヨーク、テルアビブ、ムンバイの4都市が、研磨における世界の「4大カッティングセンター」と呼ばれていたのです。

香港の台頭、そして中国本土へ(1990年代後半〜)

流れが大きく変わったのは1990年代後半のこと。中国本土向けのダイヤモンド輸出が始まると、その「窓口」として機能したのが香港でした。香港はもともとタイのバンコクと並ぶ色石(カラーストーン)のセンターとして機能していましたが、ここに来て一気にダイヤモンドセンターとしての地位も確立していきます。

今なお香港は、ダイヤモンドとカラーストーン、両方のセンターとして、中国・東南アジア・中東といった巨大消費市場に強い影響力を持ち続けています。

その後、中国本土の上海もセンター的な機能を持つようになりました。巨大な国内市場を背景に、卸売・小売の両面でトレードセンターとして存在感を強めています。

こうして見ると、「センター」という言葉は、単なる地名ではなく、研磨やトレードが盛んに行われる「実力のある拠点」を指す言葉として使われてきたことがわかります。

次のセンターは、アフリカから?

そして今、新たな主役として注目されているのがアフリカ大陸のボツワナ共和国です。豊富なダイヤモンド原石の産出を背景に、2000年代後半以降、デビアス社との協業のもとで原石販売の拠点機能を首都ハボローネに移す動きが進み、ボツワナは「第二のムンバイ」とも言える研磨拠点としての力もつけつつあります。

数年後には、「センター」という言葉とともに、ハボローネの名前が当たり前のように語られる日が来るかもしれません。ダイヤモンドの「中心」は、これからも姿を変え続けていくのでしょう。
次号もどうぞお楽しみに。


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